『月刊ケアマネジメント』で連載している〈幸せのためのヒント〉。
5月号では、介護保険制度を中心とする行政の動向を追い続けてきた、小竹雅子さん(市民福祉情報オフィス・ハスカップ主宰)に伺った話を紹介しています。
社会保障審議会の傍聴歴23年の小竹さん。
“官僚文学”と呼ばれる膨大な配布資料を熟読し、介護保険の利用者、介護者、そして介護現場ではたらく人にとって不利益なことや“おかしい”と思うことは見過ごさず、声をあげ続けてきました。
どこにも属していないからこその強み
「専門家でもないし、介護保険制度を利用する当事者でもない。
どこかの団体に属して報酬をもらっているわけでもない、フリーな立場。
「だから好きにものが言える。それが強みです」
と小竹さん。フットワークも軽いです。
もちろん、しっかりした裏づけをもって主張しています。
それともう一つ、私が小竹さんの強みだと思うのは、「障害」「高齢」「人権」の分野を横断的に捉えられること。
それは、小竹さんの市民活動家としての原点が、障害児(者)の支援活動にあるからなのだと思います。
ミステリー小説のように “官僚文学”を読み解く
厚生労働省のお役人が政府の方針に従い、巧妙なキャッチフレーズを繰り出して、都合のいいように私たちを誘導している」
という疑いから考え始めるのが、小竹さんです。
「“官僚文学”と言ったのは、社会保障審議会の座長なんですけど(笑)。いまでも『この言い回しは一体、どういう意味?』って思いながら(配布資料を)読んでいますよ、『ああかな? こうかな?』って。『過去に同じような表現をしていたときは、こういう結果だったよな』とか。ミステリー小説と同じです(笑)」
と、資料と格闘する日々。
では、どんなことを“おかしい”と思っているのか。
それは、たとえば《介護予防》。
「高齢者に“介護を受けなくてもいいように予防してください”と求めるのは、おかしくないだろうか?」と。そもそも、老いるというのは下り坂を降りていくようなことなのに、“介護保険からの卒業”を推奨するのも、引っかかるのだと。
それから、《地域包括ケアシステム》。
“住まい・医療・介護・予防・生活支援を一体的に提供し、高齢者を地域で包括的に支援できる体制のこと”だと言うけれど、「65歳以上の人だけを守る地域でいいのだろうか?」と。
「子どもや障害者もいるわけじゃないですか。地域住民全体の支援体制を構築するのなら、それは介護保険だけで議論する話ではないですよね」
そう聞いて、ハッとしました。
「当事者ではない自分が声をあげるしかない」と思った
そのモチベーションはどこから来ているのか。エッセイ集『「市民活動家」は気恥ずかしい:だけど、こんな社会でだいじょうぶ?』(現代書館/2023)には、こうつづられています。
病気や障がいの当事者になると、どうしても立場は弱くなり、政治や行政に対する発言は控えめになる。いいたいことを我慢している人が多いのなら、我慢しないですむ人が主張すればいいのだ。そんなことを考えながら、厚生労働省と交渉をしたり、国会議員に要望書を出したりしてきたのだと、いまさらながら気がついた。
丁寧に暮らす生活者としての素顔
介護保険の話をしているときはキリリとしていた小竹さん。趣味の話題に変わった瞬間、その表情がフワッとやわらかくなったとき、その素顔を見た気がしました。
映画鑑賞、読書、ピアノ、お菓子づくり、編み物、新聞のスクラップ……と多趣味で、楽しそう。
丁寧に暮らす一人の生活者としての小竹さんの姿が目に浮かびます。
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